地域のちょっといい話

照姫伝説

2008.04.24

かつて石神井公園にお城があったことは、案外、知られていないかもしれません。

石神井公園の二つの池の一つ、三宝寺池の南側に『石神井城址』の碑があります。

今では空堀・土塁跡が一部残っているだけですが、自然のまま残された三宝寺池と水面に映る木立を見ていると、当時、ここにお城があったことを想像することはそれほど難くはありません。

石神井城は、14世紀半ばごろ、荒川河口に勢力をもった豊島氏が石神井川に沿って領地を広げ築いたのだといわれていますが、1477年、豊島泰経の代に、江戸城を築いたことで有名な太田道灌に滅ぼされてしまいました。

豊島泰経が、関東管領の上杉顕定にそむいた長尾景春に味方したため、上杉顕定の家来であった太田道灌が石神井城を攻めたというのです。

この石神井城の落城にまつわる悲しい秘話が「照姫伝説」です。

太田勢に包囲される中、石神井城はついに落城の時を迎え、石神井城主豊島泰経は、愛馬に黄金の鞍を載せ、太田勢の見守る中、三宝寺池に身を投げました。

・・・人と馬はたちまち見えなくなったものの、黄金の鞍がさんぜんと輝いていたといいます。

そして、豊島泰経の愛娘、照姫も、父の最期をみとどけた後、悲嘆のあまり父の跡を追って池に入水したのです。

絵本「照姫物語/三超左千夫作」(フレーベル館)によれば、照姫は、美しいだけではなく、馬を乗りこなし、強く、賢く、そして優しい姫で、村人にもとても慕われていたと描かれています。

戦乱の世にはかなく散った照姫を偲んで行われる「照姫まつり」の時代行列。
華やかさの陰に隠された悲しい秘話を思い照姫を偲んでみるのもいいかもしれません。

三宝時池の北側には、2つの小さな塚(殿塚と姫塚)がありますが、姫塚の上の松の木に上ると、今でも池の底から金の光が見えると伝えられているそうです。

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